| 与謝野 晶子 歌碑 |
「岩の群おごれど阻むちからなし矢を射つつ行く若き利根川」
昭和7年、55歳の時に作った歌
諏訪峡笹笛橋袂(昭和57年12月建立) |
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| 太宰 治 文学碑 |
「小説 姥捨 太宰治
水上駅に到着したのは、朝の四時である。
まだ暗かった、(中略)このぶんならば山上の谷川温泉まで歩いて行けるかも知れないと思ったが(後略)」
小説「姥捨」の舞台となった谷川温泉に記念に建てられた
谷川温泉入口の道路沿い(昭和57年12月建立) |
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| 林 房雄 歌碑 |
「水上の若葉谷間に山女魚つり君とし二人焼きてくらひぬ」
作家、林房雄が水上へ来遊した折に作った歌
湯原の町営駐車場内(昭和57年12月建立) |
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| 川田 順 歌碑 |
「同行の武者小路大人どてら着て 橋わたり来しゆたりゆたりと たちどまり橋よりのぞく青淵乃 崖くらくして岩煙草の花」
武者小路実篤と同道で水上を訪れた折に作った歌
かえで橋の袂(昭和41年6月建立) |
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| 北原 白秋 歌碑 |
「こごしかる湯桧曽の村や片谿と日ざしたのめて冬はありつつ」
昭和14年に、湯桧曽温泉に吟遊旅行を楽しんだ折に作った歌
ホテル湯の陣前の橋の袂(昭和57年12月建立) |
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| 西条 八十 歌碑 |
「水上の水の瀬音は忘れたが
忘れらりょうかそなたの寝顔
せきれいが飛んでわらったあの口眼もと
いのち短く別れたが 恋のきずなは二世三世
なみだ冷たく更けゆく秋も ゆめは桜の仲の町」
昭和30年頃水上を訪れた折に作った歌
奥利根館近くのカーブ付近(昭和42年9月建立) |
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| 与謝野 寛(鉄幹) 歌碑 |
「その奥に谷川岳の雪ひかり 半ば若葉に隠れたる橋」
明治40年に、湯桧曽温泉へ来遊した折、谷川岳に心をひかれて作った歌
JR湯桧曽駅前バス停横(昭和57年12月建立) |
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| 若山 牧水 歌碑 |
「わがゆくは山の窪なるひとつ路冬日光りて氷りたる路」
大正7年、馬車に乗って水上へやって来た時作った歌
谷川温泉・富士浅間神社前(昭和43年5月建立) |
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| 吉井 勇 歌碑 |
「あなたをかし旅にて得たる寂しさも 遊びのはての寂しさに似る」
歌人吉井勇が水上へ来遊した折に詠んだ歌
JR水上駅立体交差点の横(昭和41年6月建立) |
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