谷川岳一ノ倉沢も衝立(ついたて)岩で九月十九日遭難した野中泰蔵、服部富士夫両君の遺体はザイルで宙吊りのままという世界でも類をみない遭難に人々を驚かせました。
二人の所属する横浜のかたつむり山岳会の仲間が遺体収容にかけつけましたが、オーバーハングの多い衝立岩はなかなか二人に近づく事を許さず、身内の人達も遥かに変り果てた肉親の姿を眺めるばかりでした。
ついに吊り降しを断念して自衛隊の狙撃でザイルを切断することになり軽機関銃、ライフル銃、カービン銃など十二丁を並べ細いザイルに集中射撃を行い、ようやく二人の遺体を落下させました。
経験のある山の仲間が協力すれば、この様な非常手段は避けられたといわれますが、余りにも痛ましい遺体収容作業でした。
魔の谷川岳の遭難史にこうして後味の悪い一ページを加えたのでした。

(作品No.NAJ0793-04)
(昭和35年9月28日公開)


朝日ニュース昭和映像ブログ  谷川岳の魔の岩壁より